8-旅行プラン(明治・大正・昭和)(板垣退助)


板垣退助

 

 

土佐出身の幕末から明治にかけて活躍した政治家。幼いころは母親を困らせるほどのわんぱく小僧だったのが、長じて文武の修業を積み、藩内で頭角を現してきた。明治維新後、土佐藩の大参事となるも征韓論を西郷隆盛らと唱えたものの、やぶれ政府から退きました。土佐に戻り立志社を作り、自由民権運動が盛んになった時代に自由党を結成し総理になっています。

1882年に岐阜で演説中襲われ負傷しました。そして「板垣死すとも自由は死せず」との有名な言葉を発しています。じつは板垣はここでは負傷しましたが、死んではいません(以外に知っている人は少ない)。その後も、政府で活躍し亡くなったのはそれからずっと先の1919年でした。昭和では百円札で再びその立派な髭とともに復活を遂げました。

 

そこで、維新と明治を駆け巡った板垣退助の土佐での生活を追ってみたいと思います。土佐といえば、有名な「坂本龍馬」もいます。そこで、今回は板垣退助を中心に土佐の維新の志士たちを追ってみましょう

 

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