19. 高松塚・石舞台古墳、橿原神社


さて、古墳を求めて、明日香へと行きましょう。
 まず、高松塚古墳であります。1962年頃、明日香村檜前の村人が穴の奥で擬灰岩の四角い切石が見つけ、奈良県立橿原考古学研究所に発掘調査を依頼し、高松塚古墳の発掘調査が始まりました。発掘開始から間もなく、極彩色の壁画が発見されました。極彩色壁画の出現は考古学史上まれにみる大発見として、日本中でトップニュースとなりました。その後1973年高松塚古墳は特別史跡に、また極彩色壁画は1974(昭和49)年に国宝に指定されました。

高松塚古墳壁画館内部は写真撮影禁止ですので、高松塚古墳壁画館看板の写真を載せました。

西壁の女子群像は色彩鮮やかで、歴史の教科書をはじめさまざまな場所でカラー写真で紹介され、「飛鳥美人」のニックネームで知られています。

 

続いて、石舞台古墳です。
 国営飛鳥歴史公園内石舞台周辺地区の中央に位置するわが国最大級の方墳です。被葬者は明らかではありませんが、7世紀初頭の権力者で、大化の改新で滅ぼされた蘇我入鹿の祖父でもある蘇我馬子の墓ではないかといわれています。

石舞台古墳はその内部に入ることもできます。

続いて、橿原神社に行きます。

日本書紀において、日本建国の地と記されたのが橿原。
後の神武天皇が、豊かで平和な国づくりをめざして、九州高千穂の宮から東に向かい、
この地にに橿原宮を創建されました。第一代天皇として即位されたのが紀元元年、今からおよそ2,600余年前のことです。日本の歴史と文化の発祥の地でもある橿原は、日本の原点ともいえます。橿原神宮がお祀りしているのは、神武天皇と皇后です

橿原神社表門です。

橿原神社外拝殿(げはいでん)です。
昭和の神社建築の粋と、神武天皇の宏大な御神徳を仰ぐに、ふさわしいものです。

 

 

 

 

 

 

 

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